当プロジェクトは、2016年に今藤政太郎が中心となって立ち上げた、「復曲」の研究と、その実践的成果を発表するものです。
ここでいう「復曲」とは、江戸時代に上演されるも今は音の伝承が途絶え、詞章すなわち長唄正本のみ残る曲について、正本に書かれる情報(上演の年月、劇場、演奏者、立方、正本の版元)、その当時の邦楽・演劇をはじめ芸能・文化状況、社会状況、作曲者と見なされる中心的演奏者の他の作品、他ジャンルの同時代の邦楽作品などから検討し、それらを踏まえて「このような曲ではなかったか」と音をつける一連の活動です。
その過程において、時代時代の様式感、作品の背景、作曲者の音楽的個性などを詳らかにした上で、どうしてそのような曲をつけたか、その根拠、現段階での資料や考え方をまとめ、限界も記して参ります。
この「復曲プロジェクト」は、邦楽・舞踊実演家と研究者を結び付けながら、意見交換と実践の場であることを、また、より深く邦楽に付き合いたい邦楽愛好家の方々に対しては、知的好奇心を刺激して、長唄の見方・聴き方を深める契機になることを目指しております。
今年の正月、年明け間もない夜、今藤政太郎師から電話があった。その内容は驚愕すべ きものだった。師は平成二十五年に重要無形文化財(人間国宝)の認定を受けておられるのだが、近年とみに演奏に伴う体力の限界を痛感し、認定を返上したいと言われる。しかし重要無形文化財各個認定の返上なぞ聞いたことがないし、そんな事態に対応する法規定もないだろう、と咄嗟に考え翻意を促す多弁を弄したのだが、意思の固さに戸惑わざるをえなかった。ジャンルによる事情は異なるにせよ、多くの場合高齢化の影響は顕著である。演奏力の衰えを感知するご当人の悩みはいかばかりだろうか、余人の知るところではないが、察するに余りある。但し一方、人間国宝の役割には「後継者養成」という大切な仕事がある。そのための年金支給であり、実演奏だけが負わせられているわけではない。加えるに音楽家には「作曲」という大事な役割もあるのではないか、と考えた。政太郎師は三世今藤長十郎師の教えを得、これまでも多くの作曲を手がけてこられた。変化物舞踊の補曲とか、創作の作曲という役割があるのではないか、後継者の養成と指導に新たな活路を見出してみようということになった。そのためのグループ作りの相談が一気にまとまり、政太郎師の碩学の先輩稀音家義丸師、東京大学の歌舞伎研究者古井戸秀夫教授、長唄研究家配川美加氏に小生も参加して、一回目の集まりは二月十二日夜の赤坂で催された。この席に子息の今藤政貴氏も同席され、最初から実質的な熱い討議が行われ補曲や新作曲の候補も幾つか提出されたが、その中のどれに取り掛かるかは政太郎師の選択に委ねることとして、続く第二回の研究会は三月一日、本郷東京大学の古井戸研究室で行われた。同人に松永忠一郎氏が加わった。作品は、宝暦十年(一七六〇)十一月市村座の顔見世狂言
日本芸術文化振興会顧問 織田 紘二
(2016年6月「第1回今藤政太郎作品演奏会」プログラムより転載)
1965年生まれ。長唄を父・今藤政太郎、おば・今藤美知に師事。長唄囃子を祖父・四世藤舎呂船、祖母・藤舎せい子に師事。68年に3歳で初舞台。92年に今藤政貴の名を許される。以後、長唄を中心に古典、創作の唄方として活動。主な活動の場は、国立劇場、紀尾井ホール等の各公演や歌舞伎、NHK番組など。洗足学園音楽大学非常勤講師。
1935年生まれ。父は四世藤舎呂船。母は藤舎せい子。十世芳村伊四郎師、三世今藤長十郎師、今藤綾子師に師事。60年東京藝術大学音楽学部卒業。演奏活動の傍ら作曲活動を展開。第55回芸術選奨文部科学大臣賞、平成20年旭日小綬章、第66回日本芸術院賞を受賞。国立音楽大学、NHK邦楽技能者育成会、国立劇場養成課などの講師を歴任。京都市立芸術大学客員教授。現代邦楽作曲家連盟理事長。重要無形文化財保持者(人間国宝)。
長唄三味線方
1967年東京都出身。国立音楽大学楽理学科卒業。三味線を今藤政太郎、唄を今藤美知、囃子を藤舎せい子に師事。
NHK邦楽技能者育成会第39期修了。現代邦楽“考”団員。
昭和20年北海道生まれ。国学院大学文学部日本文学科卒業。
特殊法人国立劇場芸能部制作室に入り、以来国立劇場内外で歌舞伎及び新派の制作・演出にたずさわる。
著書に『歌舞伎・家・人・芸』(淡交社)、『芸と人―戦後歌舞伎の名優たち≫(演劇出版社)などがある。
社団法人日本演劇協会賞(平成10年)独立行政法人日本芸術文化振興会(国立劇場)顧問。
1968年生まれ。東京大学文学部仏文学科卒業。今藤政太郎門下で長唄を修行。新作邦楽の作詞活動のほか、新作舞踊台本など舞台作品の執筆も手がける。主な作品に、「春の歌」(NHK邦楽技能者育成会卒業演奏曲)、「地獄八景冥途之御客」(共作)、「死者の書」(脚色)、新作舞踊「ながさきの椿姫」など。
邦楽囃子方
14歳より父、田中傳佐久に入門。15歳より歌舞伎囃子の修行に入り、田中傳左衛門に師事。
三味線を杵屋五三郎氏、江戸里神楽を若山胤雄氏、能楽囃子を金春惣右衛門氏、鵜沢寿氏、亀井忠雄氏等に習う。
『長唄・囃子 樂明會』『邦友会』同人。
東京藝術大学音楽学部、埼玉大学教育学部等非常勤講師。
日本女子大学文学部学術研究員。国立劇場養成課講師。
著書に『歌舞伎の音楽・音』(2016年、音楽之友社)、『まるごと三味線の本』(共著、2009年、青弓社)などがある。
邦楽囃子笛方。
六世福原百之助に入門、東京藝術大学卒業。篠笛・能管の演奏活動を続けるほか作曲にも取り組む。平成13年度文化庁芸術祭大賞受賞。2020年第11回「徹の笛」を開催。CD「徹の笛」「lift
off」ほか。東京藝術大学非常勤講師。
昭和26年東京生まれ。早稲田大学教授、東京大学教授を歴任。著書『歌舞伎入門』『新版舞踊手帖』『評伝鶴屋南北』、編著書『歌舞伎登場人物事典』ほか。現在、校訂編集『鶴屋南北未刊作品集』全三巻を刊行中。東京大学名誉教授。
1996年北海道室蘭市生まれ。2019年東京大学文学部言語文化学科卒業、2021年同大学院人文社会系研究科修士課程修了、現在は博士課程に在籍中。日本学術振興会特別研究員。専門は江戸文学、歌舞伎。
1969年生まれ。長唄松永流三味線方。3歳で家元九世松永鉄五郎師に入門、初舞台を踏む。また、現家元八世松永忠五郎師に師事。93年松永忠一郎の名を許される。94年河東節人間国宝山彦節子師に入門。96年山彦青波の名を許され、河東節三味線方としても活動を始める。長唄松永同門会会員。河東節十寸見会会員。
1996年東京都出身。幼少期より大田区にて和太鼓を始め、2012年より、歌舞伎囃子を望月左太郎、長唄を東音味見純に師事。2019年東京藝術大学邦楽科邦楽囃子専攻卒業。稀音家浄観賞、安宅賞、アカンサス音楽賞を受賞。2018年望月流森下派家元より、望月左太助の名を許される。国内外の演奏会、舞踊会、歌舞伎公演で活動する一方、NHK番組にも出演し活動の場を広げている。