公演のレポート

2022年12月24日 今藤政太郎 第4回「ぼくが いただいた たからもの」~映像視聴とおはなし
第4回「ぼくが いただいた たからもの〜映像視聴とおはなし」に参加して(小野光子・武満徹研究家)

 第4回の特集は、日本舞踊家・藤間紋寿郎氏。政太郎師と紋寿郎氏との出会いは約60年前に遡る。1965(昭和40)年に紋寿郎氏から依頼を受けて『柏木』を作曲、ともに一つの舞台を作り上げるなかで芸の奥深さだけでなく、若い人にも分け隔てなく接し、才能や意見を尊重する率直な人柄に触れて感銘を受けたという。その紋寿郎氏が100歳を迎えられたことを記念し、お祝いをかねて開催された。司会進行は元・国立劇場理事の織田紘二氏。政太郎師のほか紋寿郎氏の御息女で日本舞踊家の藤間紋氏、紋氏のご主人でありプロデューサー・日本舞踊コーディネーターの河合久光氏、そして日本舞踊研究・桜美林大学特任教授の丸茂祐佳氏が登壇された。拝見した映像は以下の二つ。いずれも国立劇場での催し。

1)2011(平成23)年5月5日「第36回 藤紋会」『木賊刈(とくさがり)』
立方:藤間紋寿郎 三味線:今藤政太郎 唄:宮田哲男

2)2001(平成13)年8月15日「第3回勘右衛門の会」『船渡聟(ふなわたしむこ)』
(杉昌郎・作 今藤政太郎・作曲/20分ほどに編集されたバージョン)
聟:藤間勘右衛門 船頭:藤間紋寿郎 女房:藤間秀嘉

 映像は三味線のサワリの音色までよく聴こえ、臨場感があった。『木賊刈』では、身体の動きだけでなく、手の指の先からも細かな情感が伝わって、引き込まれる映像だった。なんとも透明感のある美しい舞台で、心を打たれた。それが紋寿郎氏、御歳90の舞台であり、加えてその3ヶ月前に肺がんの手術をされていたというから驚きだ。それにしても、あの凜とした佇まいを支える精神力、バイタリティーはどこからきたのだろう。
 「父は踊りを踊っていられれば、日常生活でストレスを感じることは何もないという人でした」と、紋氏は静かに話された。続けて第二次世界大戦中、沖縄戦で九死に一生を得たこと、体に沖縄の土と銃弾が残されており、いかに悲惨な環境だったかを伝えていることを語られた。そして生き残ったことを「申し訳ない」と話されていたという。そういえば、戦争を体験した新藤兼人監督も作曲家の武満徹さんも同様のことを語り、ご自身の仕事に生涯を捧げた人だった。あぁ、その世代の方だったのかと、彼らに通じる崇高な精神を感じた。紋寿郎氏の芸に政太郎師は「誠実さ」、丸茂氏は「実直さ」という言葉を挙げられた。それがあの舞台から私が感じた透明感だったのだろうか。
 もう一つの映像は、狂言をもとに杉昌郎氏の台本により作られた『船渡聟』(1965年作)。船頭=舅役の紋寿郎氏、若い婿(聟)役の勘右衛門氏(当時・辰之助、現・松緑)、女房役の藤間秀嘉氏の三人が登場。紋寿郎氏が2001(平成13)に新たな振付で上演した舞台だった。
 日本舞踊では、小道具など装飾は必要最小限にまで削ぎ落とす。したがって舞台はとてもシンプル。けれども、私は風や波を感じた。音楽と振付が総合的にそう感じさせたのだろう。紋寿郎氏の踊りは、先に視聴した『木賊刈』とは少し趣向が異なり、軽やか。軽妙洒脱な舞台だった。楽しかった。
 紋氏の解説によると、狂言舞踊というものは、平面で横に並ぶスタイルが多いそうだが、この舞台では三人が前後に組んだり、回ってみたりする振付だった。それは今から20年前では比較的新しい発想なのだそうだ。
 私は舞台そのものに集中してしまい、不覚にも(?)楽しんでしまった。音楽は、、、言い訳に聞こえてしまうと思うが、どこかで武満さんが「いい映画音楽はどこで鳴っていたかがわからないものだ」と語ってらしたが、そんな感じだった。そのため、視聴した後に政太郎師が音楽で工夫した点について語られたことは、とても興味深かった。
 題材が狂言にあることを活かし、狂言で「ゆ〜らりゆ〜らり」と表現する波の要素を取り入れたこと。そして、舞台となる琵琶湖の冬の景色を音で出そうとしたこと――。え? 音で冬の景色を?? 確かに、映像を見ながら私は春とも夏とも秋とも思っていなかった! 政太郎師は種明かし下さった。「冬、琵琶湖の色は鉛色。その色が出ればいいと思いました」、と。「普通でしたら、まぁ本調子とか二上がりですね。それを六下がりにしました」。つまり、三味線の調子(調弦)を工夫されたのだった。六下がりは、長唄『賎機帯』の冒頭でも使われる。一の糸のサワリがビーンと、深く響く調子だ。なるほど、少し暗く重たい音色になる。日本の音楽は音色に細やかな配慮がなされて作られている。そのことを改めて心に刻んだ。
 今回拝聴した紋寿郎氏の舞台から私が感じたのは、優しさと愛である。温かな、それでいて強い印象が、日を重ねても心に浸透し続けている。政太郎師は、紋寿郎氏の「純粋さ」を皆に伝えたいと語られた。それは芸術の真髄かもしれない。

(小野光子・武満徹研究家)



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<小野 光子(おの・みつこ)プロフィール>

音楽学。『武満徹 ある作曲家の肖像』(音楽之友社)でミュージック・ペンクラブ賞受賞。訳書にP. バート著『武満徹の音楽』(音楽之友社)、L.ガリアーノ『湯浅譲二の音楽』(アルテスパブリッシング)、編集に『武満徹全集』(小学館)など。

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