公演のレポート

2021年9月12日 今藤政太郎「ぼくの いただいた たからもの」~映像視聴とおはなし
第2回「ぼくが いただいた たからもの〜映像視聴とおはなし」に参加して(小野光子・武満徹研究家)

 “おはなし”の会第2弾は、松竹・常務取締役の岡崎哲也さんを聞き手に迎え行われた。「川崎哲男」のご筆名で歌舞伎や舞踊などの脚本を手がける一方、オーディオに詳しく、クラシック音楽の造詣も深い方である。政太郎師もかつて指揮者のシャルル・デュトワ氏と対談をしたり、最近ではショパン・コンクール優勝者の演奏会に足を運んだりと、洋の東西を問わず芸の真髄を追求し続けている方。たくさんの引き出しを持つお二人から、往年の役者の魅力や芸の肝にまつわることまで次々と話題が飛び出した。
 今回、拝聴した映像は二つ。長唄『綱館』と、武原はんによる『道場寺乱拍子』。
『綱館』は、2007(平成19)年6月に千代田区主催で開かれた「人間国宝の会」。唄、三味線、お囃子にそれぞれ人間国宝(鳥羽屋里長・今藤政太郎・堅田喜三久)が出演した時のもの。
 まず『綱館』の作曲者・三世杵屋勘五郎について政太郎師は、「やっぱり天才だと思う」と紹介。雅楽にも通じた学者肌の人で、古い子守唄や雪の合方といった様式を取り入れながら巧みに物語を表現していると説明された。『綱館』は演奏会用に作られた曲で、歌舞伎では『茨木』という別のものがあると岡崎氏が補足。名コンビで話は続く。先人の知恵がさりげなく盛り込まれ“参照点”が多いのは、古今東西における名曲の所以かもしれない。
 政太郎師が一番好きな場面は、伯母に化けた鬼に綱(武士の源頼光の家臣・渡辺綱)が、切り取られた腕はどこにあるのかと問われ「唐櫃を出しちゃうとこ」とのこと。その場面の演奏に工夫を凝らしているそうだ。「(唐櫃を)開けるなよ、開けるなよ、と言うのに、あぁ開けちゃった!というのが怖いんだ」と。そのために、「怖さと言うのは、少しずつ、ためていかないと――」。
 この話を聞きながら私は武満徹が小林正樹監督の映画『怪談』で、ほんの僅かに映像から音をずらして入れ、怖さを演出したことを思い出していた。実際の演奏を視聴して、生演奏での繊細な演出が絶大な効果を呼ぶことを実感した。
「ジャンルを問わず、いい芸術というものは筋立てだけをかいつまんでいうと“なんだ”ってなもんなんです」と政太郎師。そして話は、師が肌で感じた名演の数々に及ぶ。文学座で杉村春子が演じた『新釈金色夜叉』、小学校6年生の時に京都で観たと言う歌舞伎『先代萩』や『名工柿右衛門』……。「え?あの六代目菊五郎さんと三代目梅玉さんの舞台? それをご覧になった? あ〜あ、羨ましい!!遅すぎた」と悔しがられる岡崎さん。その話を聞きながら、伝統というのは体験の積み重ねで体得していくものなのかもしれないと思った。
 二つ目の視聴は「武原はん 道成寺乱拍子」。
 私事だが、幼い頃から “おはんさん”は何か特別な人だと思っていた。祖母や母が得意げにおはんさんについて話すからだ。曾祖父を訪ねて来る作家の大佛次郎さんがおはんさんを同伴された時は、日常が非日常になったそうだ。写真集『舞』に収められた地唄舞「雪」の一枚は目に焼き付くほど印象深かった。その人が動く姿を、私は初めて見た!!!
  政太郎師は一期一会の芸について話してくださった。「乱拍子って何?」と戸惑う私でも、お話に加えて目で見て、耳で聴いて、理解できた(と思う)。長い沈黙が訪れ、絶妙な間(ま)で小鼓が打たれる。その音と同時にピッタリ所作が合う。掛け声も目配せもなく……。
 政太郎師のご尊父・四世 藤舎呂船がおはんさんと縁があり、共演した日は「心が洗われた」と頬を紅潮させて帰宅されたという。そして政太郎師はお父様から「合わないところを合わすのが緊迫感、それが芸なんだ」と教わったという。拝見した映像の正確な日付がわからないのは残念だが、おはんさんが90いくつかの時の舞台だというから1990年代なのだろう。鼓は六世 藤舎呂船、大鼓が中村壽鶴、笛が藤舎名生の演奏だった。
 鼓の名演奏家だったお父様の思い出話も、芸の厳しい一面、そして日本の芸の本質と関わることだった。モダンダンスの石井かほるさんの舞台で『黒髪』を唄った妹君の今藤美知師が慣例通りに唄う前に扇を手に取った。その行為にお父様は注意をなさったという。舞台上に帯びるピンと張った緊張感を、扇を取るという仕草が壊したというのだ。様式や因襲通りの型よりももっと大切なものがある、というご指摘だった。
 岡崎氏の舞台台詞のような名調子と政太郎師の深い言葉に引き込まれた、あっという間の時間だった。政太郎師が子供の頃、お父様に反抗してすっぽんぽんで表へ飛び出したのを当時ご近所さんだった里長先生のご一家が見られて……という微笑ましいエピソードを聞き、会場の皆さんと笑いつつも、政太郎師の日常にある“伝統”がどこへゆくのか焦燥感にも駆られた。次回も聞き逃したくない。心から楽しみにしています。

(小野光子・武満徹研究家)



今藤政太郎「ぼくが いただいた たからもの」~映像視聴とおはなし 詳細ページ

<小野 光子(おの・みつこ)プロフィール>

音楽学。『武満徹 ある作曲家の肖像』(音楽之友社)でミュージック・ペンクラブ賞受賞。訳書にP. バート著『武満徹の音楽』(音楽之友社)、L.ガリアーノ『湯浅譲二の音楽』(アルテスパブリッシング)、編集に『武満徹全集』(小学館)など。

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