エッセイ

東京新聞 2004年10月30日掲載
風車◇弁慶役者
 團十郎丈がパリの海老蔵襲名興行で舞台復帰を果たされたと聞いた。
 実は今年5月10日、海老蔵襲名公演を観に行ったところ、ちょうどその日から團十郎丈病気休演、勧進帳の親子共演を観ることが出来ず、大変残念だった。
 楽屋で三津五郎丈にお目にかかったところ、緊張した面持ちで「弁慶の代役をするんです。」というお話を聞いた。僕も我がことのように緊張し、固唾を呑んで開演を待った。海老蔵丈の冨樫は、まるで絵から抜け出て来たように美しく、思わず息を呑む程であった。
 やがてヨセの合方(主役登場の音楽)、三津五郎丈の弁慶の登場である、ピンと張りつめた緊張感とともに、情があって、しかも理知的で鮮烈な弁慶像が僕の心に刻み込まれた。胸がはち切れる程の緊張の中で、彼は見事いままで見たことのない弁慶像を演じきったのだ。
 僕はただもう嬉しくて、溢れる涙を抑えることが出来なかった。歌舞伎界は今、弁慶を演じる俳優さんを沢山持っている。結果として海老蔵襲名公演は優れた弁慶役者を新たにもう一人得たことになる。
 ところで「風車」の執筆、本日を以って終わりになりました。長い間の拙文ご愛読ありがとうございました。また何かの機会にお目にかかれればと思っております。

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