エッセイ

邦楽ジャーナル 2001年1月号
巻頭エッセイ◇耳の正月、目の正月 10
 21世紀おめでとうございます。呼称が変わろうが変わるまいが、1日は24時間という云い方もあるかもしれないが,やはり21世紀。何となく身の引きしまる思いだ。今世紀こそ戦争のない,そして全人類生きとし生けるもの全てが幸せに送れる世紀であって欲しい。
 ところで,僕が20世紀に聴くことの出来た最も感激した演奏会は、昭和35年10月の、歌舞伎座に於ける無形文化財の会であった。これ程感銘を受けた演奏会は後にも先にもないと云っていいぐらいであった。当然僕の関心は芳村伊十郎、山田抄太郎、藤舎呂船他の『二人椀久』であったが,その他の演目皆素晴らしく,息を呑むばかりであった。中でも宮薗千之,宮薗千富他の『鳥辺山』を聴いた時はうなじの辺りの毛が立ってしまって、何故ともなく涙が溢れ押さえることが出来なかった。そのことが何とも気恥ずかしくて顔を伏せていると、バッタリあの安藤鶴夫先生の娘さんの晴子さんに会った。彼女も目を腫らしていた。涙をこぼしてしまった自分は決して恥ずかしくはなかったのだとお互いに話したものだった。普通、プロやプロを目指す者が演奏を聴くと、どこがどういうふうに良かったかなどと分析的に聴くものであるが、この演奏会に限っては何が何だかわからないうちに、余りの良さに身体が空っぽになったようだった。僕もあのような演奏が出来たら,せめてあのような演奏会にめぐり逢えたらと思い、改めてあの頃の名人の凄さを思い知らされている。誌上ではとうてい書き尽くすことが出来ないのは残念だが、あの感激を読者と分かち合えたらと思う。 ◇邦楽ジャーナル掲載 http://www.hogaku.com

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