エッセイ

東京新聞 1999年10月30日掲載
風車◇理想主義者に敬意

  「そんなのは理想論だよ、現実を見なきゃ」。理想論ばかりの人、非現実的なことを考えたり、言ったりする人に対してしばしば浴びせかけられる言葉である。なるほど現実というものに少しも目が行かない人を見てあきれる時もある。
 成功者の多くは、今ある現実を認め、うまく対応し、地に足の着いた人たちで占められている。
 しかし考えてみると、空を飛べたらなどと最初に考えた人は、周囲から狂気の沙汰と顰蹙(ひんしゅく)を買ったことだろう。エアコン、リモコン、その他の文明の利器といわれる物を思い付いた人は、バチ当たり者と思われたかもしれない。
 生物の大基であるDNAにも突然変異という現象で出現してしまったとんでもない変わり者のおかげで生物に進化してきたのだそうだ。文明の進歩が良いか悪いかはひとまず置いて、あらゆる文明は非現実的な机上の空論からもたらされたといっても過言ではない。
 理想主義者の多くは、現実社会で敗残者となったのであろうが、その敗残者のおかげで我々がいま文明という名の恩恵に浴していることを忘れたくない。既成事実をもってすべて良しとする風潮は芸術家にとって余りにも不毛ではないだろうか。