エッセイ

東京新聞 2002年11月30日掲載
風車◇神はみたもうか

 近来にないステキなニュースだった。ノーベル賞のダブル受賞のことだ。ノーベル賞に軽重はないだろうが、大学や研究所の教授でもない田中耕一氏の受賞には新鮮な驚き、感激を味わわせてもらったものだ。神様はきっと何処かで見ていて下さるという思いとともに、ノーべル賞の選考委員は何と素晴らしい人たちだったのか、そしてノーベル賞の権威の高さを思わずにはいられなかった。
 話は変わるが、尾崎華泉さんという作曲家の名前を聞いたことがおありだろうか。名前は聞かずとも、吾妻歌舞伎のために創作された尾崎氏の「流れ」を聞いた方なら多数いらっしゃるに違いない。三味線と電気三味線と小鼓と大鼓で演奏されるこの曲は大変シンプルながら、一滴の水がだんだんに成長して大きなうねりの流れる様を表現して間然とするところがない。
 その尾崎氏はこの六月に他界された。たくさんの人に愛される曲を作りながら、多くの人々に知られることなく、ましてや公的な評価など得ることもなく亡くなったのである。残念ではある、が誰の作曲とも知れず、いわば詠み人知らず、レッテルの力を借りることなく名曲を作った尾崎氏は、偉大かつ幸せだったのかもしれない。紙面を借りあらためて哀悼の意を表したい。