エッセイ

東京新聞 2001年3月31日掲載
風車◇日本の伝統文化

 思いのほか早かった開花宣言に何となく落ち着かない気分なのは何故だろう。テレビ各局も花便りにいとまがない。こんな国がほかにあるだろうか。やはり桜は日本人の心の中に深く根付いていると実感させられる。
 話は変わるが先週の本欄で観世清和氏が「世阿弥が覗いたらそれはちょっと違うだろうと…。しかし曲も演者も観客も時代を背負った生き物です。昔の人の息吹を肌で感じながらその心を受け継ぎ、現代の舞台に活かすことが大切」と書かれていたが、真に当を得たご意見で全く同感である。
 日本の伝統芸能は、譜面など確固たるテキストがなく主に口伝などによって伝承されてきただけに、何をもって原典とするかは難しい問題である。が、幸か不幸か、日本の伝統文化の考え方は作(曲)者のアイデンティティーなどということよりも、時代とともに演者や観衆の考え方が反映される、いわば柔らかい構造を保ってきた。その結果として時代を超えることができたのではないかと思う。
 21世紀を迎え我々の伝統文化が花便りに象徴されるような独自性を保ちながら、いかに時代を超えることができるか、我々に課せられた大きな問題である。