エッセイ

東京新聞 2000年9月30日掲載
風車◇自然な民族意識

 柔道の田村選手が待望久しい金メダル。期待通りに好成績をあげた選手、期待されながら調子が出なかった選手、そして期待以上の好成績を収めた選手等々。オリンピックが始まってから、多忙な毎日に少しのヒマを惜しんでテレビにかじりつく日々である。そして24日、日本人の思いを一身に集めてマラソンの高橋選手が全く期待通りの強さで金メダルをとってくれた。素晴らしい日だった。しかし考えてみるとつくづく不思議だなあと思う。
 田村選手や高橋選手に限らず、テレビに自分が全く知らない日本人選手が出てきても、思わず一生懸命応援してしまう。これこそが健全な意味での愛国心と思う。戦前の一時期のように意図され扇動された愛国心とは全く違う自然に生まれた民族意識なのだろう。
 スポーツの様な勝敗のはっきりした分野では民族感情が意識されやすい。が、例えば音楽の国際コンクールで日本人が優勝しても、結果としての勝敗に関心が集まるだけでなかなかその中身まで理解されることは少ない。文化面でも、日本人の優れた民族的な感性を意識しながら、世界をも共有出来る柔軟な感性を併せ持てればと、テレビでマラソンを見ながら関係のない様なことをつくづく感じた一日であった。