エッセイ

東京新聞 2000年7月29日掲載
風車◇人間の優しさ

 中村雀右衛門、中村富十郎丈の「二人椀久」の地方を勤めるため九州の博多座へ出演した。適当な規模といい、造りといい、立地といい、とても素晴らしい劇場で、舞踊のお二人と私たちもとても息が合って緊張の中にも楽しい舞台だった。
 その折、体調維持のためホテル近くの大病院に時々行ったのだが、その時ある光景を見て忘れられない思いをした。というのは大病院の常で、大変込み合っていて待つこと2、3時間などというのはザラなのだ。
 1人の車椅子の女の子の患者さん(足に重大な支障があるらしく発育も十分ではない様子)が待っていたが、その子が呼ばれた時に「私、そんなに待っていませんし、他の方がいっぱい待っているんですが」と言った。看護婦さんは「あなたの先生は違うからいいんですよ」「本当に申し訳ありません」と言って治療室に入っていった。
 神様に五体不満足を恨んでも何の不思議もないのに、なお人のことを思いやる高貴さに目頭の熱くなる思いをした。五体どころか十体満足、知能も生まれつきも恵まれ過ぎていても、平気で不公正なことをする人が少なからず居るというのに…。神様の不公平は、人間の優しさと叡智で何とかしなければならないとつくづく思った。