エッセイ

邦楽ジャーナル 2000年12月号
巻頭エッセイ◇耳の正月、目の正月 9

 11月15日、先日亡くなられた元新日鐵会長、新日鐵文化財団理事長の斎藤裕氏の「お別れの会」が執り行われた。痛恨の極みである。日本を代表する企業の要職を務められた方だが、その顔とは別に僕にとっては忘れ難い大事な方である。氏は歌舞伎のファンでご自身長唄も嗜まれる。
 平成3年1月、新聞で新日鐵が紀尾井町にクラシックの音楽ホールを建設するという記事を読んだ僕は、邦楽はそのような計画からまた外れてしまうのかと悲しかった。その日の午後、偶然或るパーティで斎藤氏と同席させて頂いた。若輩をも省みず、「新聞で紀尾井のホールの記事を読みました。残念ながら邦楽の演奏が出来るホールではなさそうです。邦楽にも何とか場を与えてください」と申し上げると、「おっしゃることご尤もです。早速何とかなるように考えましょう」とお答え下さった。程なくどんなホールにするのか相談したい、ということで度々お目にかかることになり、結局、同じ建物の5階に邦楽専用のホールを造りましょう、とおっしゃって下さった。そのホールが紀尾井小ホールである。邦楽専用ホールを造るということは画期的なことであり、大会社の経営責任者がそのような決断に至るには、日本文化への熱い思いと大変な勇気を要したに違いない。氏の日本文化に対する功績は量り難いものがある。新日鐵は日本文化のあるべき姿を先取りしたのだ。
 氏の訃報は耳の正月とは全く対極的であるが、残された我々は氏の思いを汲んで真の耳の正月を多くの人と迎えたいと思う。改めて、謹んで哀悼の意と感謝の念をこめて 合掌。
◇邦楽ジャーナル掲載 http://www.hogaku.com