エッセイ

邦楽ジャーナル 2000年10月号
巻頭エッセイ◇耳の正月、目の正月 7

 それは芸大二年在学中のこと。当時大学の三味線の先生は名人山田抄太郎先生だった。尊敬する先輩から、学内演奏会の『鷲娘』のワキに指名してもらった。そんな役はもっと優秀な同輩にまわるものと思っていた僕は天にも昇るようなうれしさだった。何しろいい演奏というのは速く弾けることとほとんど同義だと思っていた僕は夢中で練習をして演奏会当日を迎えた。その日先輩から「パーッと弾くからしっかりしろよ」、そそのかしとも取れる励ましの言葉をもらってよーしやるぞ、僕は速い合方のところを全速力で弾いた。先輩は替手だから本手より当然細かい手を弾かなければならないのでかなり困ったようだ。でも先輩は「ありがとう」と云ってくれた。
 翌日、山田先生の教室に入ると上目づかいに先生は「君はよく手がまわるね」と仰った。ほめられたのかと少し得意になったところで「君は達者だね・・・」何か雲行きが変わったぞと思ったところに「昨日の鷲娘は誰のための演奏だったんだい」と仰った。お話の途中から僕は顔中がほてって体中から汗が吹き出た。ほんとうに恥ずかしかった。それを御覧になって先生は「わかったのならいいよ、一生懸命勉強しなさい」と云って下さった。名人山田先生から一生僕の体に残る叱責と御指導をいただいたのだ。僕の失敗談が若い演奏家への贈り物になればと思う次第です。
◇邦楽ジャーナル掲載 http://www.hogaku.com