エッセイ

邦楽ジャーナル 2000年8月号
巻頭エッセイ◇耳の正月、目の正月 5

 もう10年近くも御無沙汰しているが、久し振りに博多へ行った。5月末から6月26日のほぼひと月間、昨年落成した博多座に出演するためだった。よく云われることだが、博多は日本の大都市の中でも住み易さでは5本の指に入るということである。ひと月も滞在してみると、なる程街も整理され物価も安く、すべてに便利である上に街行く人々もホテルやレストランの従業員も商店の人々も皆親切で、何となくそれが街全体の親切さをかもし出しているような気がする。食べ物も美味しいし、海も近く、少し足を延ばせば素晴らしい景観にも廻り会える。
 6月の半ば、家内と太宰府へ行った。池の花菖蒲とあじさいが、折りよく雨に濡れてとても素敵だった。そして何より博多座という劇場が素晴らしく、適当な大きさ舞台機構客席の見易さ等々現存の歌舞伎小屋としては屈指の出来と感じた。その上に演目は中村雀右衛門丈中村富十郎丈お二人の『二人椀久』で演奏は今藤長之、政太郎、3年前のパリ公演、2年前の顔見世公演以来の共演で毎日の舞台が緊張感と楽しさに溢れ、いい舞台を経験させてもらった。よく舞台は演者同士の真剣勝負などと云われるが、我々の感じではむしろ渾然一体となって舞台が作り上げられていくことの楽しさを味わったひと月である。いろんな正月をいっぺんに味わったひと月であった。
◇邦楽ジャーナル掲載 http://www.hogaku.com