エッセイ

邦楽ジャーナル 2000年4月号
巻頭エッセイ◇耳の正月、目の正月 1

 僕は東京生まれですが、小学校4年から高校3年までを京都で過ごしました。京都は1200年もの伝統を誇るだけに洗練された文化を保ちつづけていますが、同時に常に最先端の文化をもクリエイトしていくという面白い都市でもあります。中学生の頃、あるところで素晴らしい景色を見ていた時に、どこにでもいる普通のおばさんが「やあ、ええ目ぇの正月させてもろたわ」と溜息をついていたのを聞いてハッとしました。言うまでもありませんが、お正月は1年の内で最もハレの時です。お正月でもないのに目だけは素敵なハレに出会ったということを言っているだろうことが中学生の僕にも判り、いたく感動しました。さすがに京都は奥深い。
 ところで、先日僕の後輩の今藤長龍郎さん(将来を最も期待される邦楽家の一人)が結婚されました。その披露宴は某有名ホテルで豪華に行われイベントも盛り沢山でしたが、最後に花嫁さん(米川敏子先生門下のお筝弾き)のお父様がお礼の挨拶に替えて『花影』という童謡を少しもひけらかすことなく真情を込めて唄われました。お父様の仰有るには「この唄を唄うのは今日を最後にしたいと思います」とのこと。もちろんプロの唄とは違うので、特によい声でも技巧抜群でもありませんでしたが、その唄を聞いて僕は媒酌人の立場も忘れて感動の涙を抑えることが出来ませんでした。唄に限らず、芸は人の琴線に触れることが出来なければむなしい、ということを思い知らされました。久し振りに「耳の正月」をさせて貰ったという次第です。
 これから1年間.私にとっての「耳の正月」「目の正月」をここで書いていこうと思っています。
◇邦楽ジャーナル掲載 http://www.hogaku.com